外国語学習は心を若くします

KIFA2010年度 語学講座 開講式


  「私も心を若くして生徒になり、英語を学びたい」――この日の午前中に開かれた総会で会長に就任された茂野昭さん。KIFA研修部会の主要事業「語学研修講座開講式」のあいさつが初仕事となりました。茂野会長は80人を超す受講生を前に少し緊張気味。ブラジル旅行でカンポグランデの小野田寛郎さんの牧場を訪れたことなど、ご自身の海外体験を話し、外国から来る人たちの力になって欲しいと、受講生にエールを送りました。
●継続が上達の秘訣です
 
5月23日(日)の午後、鎌ケ谷市総合福祉保健センター大会議室で「開講式」が開かれました。
 会長あいさつに続き、飯田文夫部会長が「昨年見かけた方も何人かいます。また新しいお顔も大勢います。語学は継続することが大事」と語学学習の心得を説き、学習した英語を試す機会として「英会話サロン」を紹介したあと、学習効果を高め、身に付いたものにする秘訣として「友だちを作っていただきたい。友だちと付き合うことで、さらに上達するでしょう」と「友だち語学」のお勧めも披露しました。さらに規制緩和によって、通訳ガイド試験の門が広くなっているので、英語に限らず中国語、ハングルなどのガイド試験に挑戦して欲しいと、励ましの言葉を贈りました。
  ●第1回授業オリエンテーリング
 4人の講師の紹介のあと、第1回授業として講座ごとに、オリエンテーリングが行われました。新しい教科書を手にして、自己チャレンジに一歩踏み出す初参加者、さらに語学力に磨きを掛けるリピーターのみなさん。まず先生から自己紹介です。出身のお国のことを地図を掲示したり描いたりしながら話し、気候風土、あるいは街の様子を話します、趣味の紹介をする先生もいます。(もちろん担当言語です)
 次いで、指名を受けた受講生が自己紹介をします。動機や目的、その国とのかかわりなど、日本語で話す人が多い中で、流暢に受講言語で話すベテランもいます。みなさん、ネイティヴの肉声に接し、新しい学友との出会いを通じて、楽しい学びの1年になることでしょう。
 
 
私のふるさと そして日本
4人の講師から自己紹介が寄せられました
左からハングル、英語A、中国語、英語Bの講師の皆さん
◎ハングル 金 英美(Kim Youngmi)さん

 私が生まれて育ったのは、ソウルの下町「往十理」というところです。
 地下鉄2号線の「東大門駅舎文化公園」から3つ離れた駅です。昔から交通は便利でしたが、ここ数年間でもっと便利になり、既存の国鉄、2号線、5号線に、来年からはさらに新しい線が加わるそうです。いわゆる交通の要衝の地としての役割を果たしているのです。また、国の地域開発計画が進み、新しいマンションが次々と建てられており、大手スーパーや映画館もできて、にぎやかな街に変わりました。
 しかし、街は変わっても変わらないものがあります。それは食べ物。代表的な場所はホルモン焼き専門店街、庶民的な感じで、ソウル市民にも知られている名所です。その近くに焼き肉屋で有名な「デド食堂」があります。牛肉専門店で、庶民には少し高いが、そのおいしさが噂になって、芸能人も良く行く場所だそうです。
 「韓流ドラマ」が日本で人気を集めていたころ、私は「日本のドラマ」にはまっていました。日本滞在5年目に入って、日本のドラマにある特徴があることに気付きました。それは朝の連続ドラマの多くに、日本らしさが表現されるということでした。
 例えば、老舗旅館の物語、箸作りの職人の物語、落語の話、和菓子屋の話など。こうしたドラマでは登場する人たちが、伝統を守って、継承していこうとする心構えが描かれています。このような題材は、外国人の私には、日本の文化を理解するのに非常に役立っています。伝統を守り続けようとする物語のなかに日本の力を感じています。   <金曜日・10時〜11時30分 南部公民館>

◎英語A Kristen Cother(クリスティン・コサー)さ

 私はミシシッピ北東部の丘陵地帯にあるトゥーペロから来ました。
 近くにナチェズ街道があり、ここから美しい北東ミシシッピの風景を見ることができます。トゥーペロはエルヴェス・プレスリーの生誕の地で有名な所です。いまも小さな木造の彼の生家のそばに、13歳のエルヴェスの等身大の像が建っています。6月の初旬には彼を偲んで、フェステイバルが毎年開催されます。
 最近ここにトヨタ車の製造工場ができ、多くの新たな雇用を生み出しています。気候は暖かく穏やかな町で、子ども時代を過ごすには最適な場所です。
 州立大学を卒業してテネシー州・メンフィスの放送局で1年以上働いた後、2009年の夏ミシシッピーに戻り、キャリアアップを目指し勉強して、英語の教師の免許をとりました。もちろん日本で仕事をするのが目標でした。ずーっと日本の文化や生活に興味を持っていたからです。すぐに日本を見たかったのです。日本に着いたとたん、すぐに好きになりました。旅行を楽しみ素晴らしい発見がありました。
 日本の人たちはとても親切で、協力的で私の期待以上のものでした。毎日、見るもの、聞くものが面白く、冒険しているみたいです。いまのところ、アメリカに帰る予定はありません。まだまだ日本には見るべき素晴らしい物がたくさんあるからです。   <水曜日・13時〜14時30分 中央公民館>

◎中国語 胡 丁毅(Fu Dingyi)さん


  日本人旅行者にもおなじみの、天安門のある故宮博物院の近くで、少女時代を送りました。胡同(フートン)といわれる路地で縄とびをしたり、車輪まわしをしたりして遊んでいました。いまは故宮のまわりのお堀も、ライトアップされて、見違えるほど綺麗になりました。
 大学の専攻は繊維工学でした、日本については関心もなく、日本語もまったく知りませんでした。ところが、日中合弁会社に就職し、紡績機械展示会で通訳(英語)する機会があり、次第に日本や日本人に興味がでてきました。私たちの世代は改革解放の影響で、とにかく外国に出たかったのです。それで印象のいい、治安もいい日本を選んで22年前に来ました。経済発展の理由も知りたかったからです。
 私は日本語を特別学習したわけではありません。日本にいて、日本語をふだんの会話で使わざるをえず、自然に身についたと思います。したがって、中国語も使わざるをえない状況に自分を置いて、中国の文章を読んだり、どんどんヒアリングをすることが大切です。外国語習得に近道はないのですね。  <火曜日・10時〜11時30分 くぬぎ山コミュニティーセンター>

◎英語B Ian Jelley(イアン・ジェリー)さん

 私の故郷はダービーです。
ダービーはイギリスの真ん中にあり、人口25万人ほどの小さな町です。イングランドの幽霊都市(Phantom Town)と言われていますが、高台が多く建築遺産もあり、緑が多いとても景色の良い所です。
  またダービーにはトヨタとロールスロイスの2大企業があります。素敵なパブやレストランもたくさんあります。1975年にダービーが町になったとき、エリザベス女王が来ました。
 私は高校を卒業すると、リバプール国立大学に進学しました。リバプール大学は8人のノーベル賞受賞者を輩出しています。大学のあるリバプール市は海のないダービーと違い、英国情緒の溢れる港町で、観光名所や博物館が多い大都市です。ビートルズを生んだ所としても有名です。
 大学卒業のとき、日本の英語教師の募集に応募し4年前、日本へやってきました。なんと日本人は赤信号で道を渡らないんだ!とびっくりしました。信号待ちしていたら道路横断できないのがイギリスです。
 日本へ来てから覚えた日本語は、日常会話には困らない程度です。日本食も好きになり、サッカーやスキーなど好きなスポーツを通じて友だちも多くでき、日本各地を旅行したりして日本生活を楽しんでいます。<木曜日・19時〜20時30分 北中沢コミュニティーセンター>